そうだ、京都へ行こう!4~年越編~(前編)
てなわけで「そうだ、京都へ行こう!シリーズ」の完結編は「年越編」です。
大物歌手の○ブちゃんまでもが登場して大盛り上がり!お楽しみください!!
※「そうだ、
京都へ行こう!1~美食編~」
「そうだ、
京都へ行こう!2~観光編~(前編)」
「そうだ、
京都へ行こう!2~観光編~(後編)」
「そうだ、
京都へ行こう!3~競馬編~(前編)」
「そうだ、
京都へ行こう!3~競馬編~(後編)」
を読んでいただくと、さらにお楽しみいただけます。
2004年12月30日、俺は岐阜の民宿「かんしろう」で目を覚ました。
この前日俺は秀哉とスキーに来て、「かんしろう」なる実に奔放な宿に泊まった
のだった。その奔放さ加減ったらなかなかお目にかかれないほどのもので、
まず宿に着き部屋に案内してもらうが、食事の時間も、風呂やトイレの場所も、
チェックアウトの時間も、何の説明もない。
それどころか部屋についている鍵すら渡される事はなかった。
風呂も入っていいか聞きにいったら、「あれ?空いてない?」なんていわれる
始末で、もう家族扱いと言っても間違いないんじゃないだろうか。
俺と秀哉は「何の説明もないんなら、何やってもかまわんだら」とこっちも
気ままに宿泊したのだが、他の客も大同小異だったみたいで、俺がスリッパを
履いてトイレに行き、便所スリッパに履きかえて用をたしていると、裸足で来ていたおっちゃんにスリッパを盗られてしまい、
裸足で部屋へ戻ることになった。
宿のおばちゃんなんかにはコンビニで買った日本酒に燗をつけてくれと頼んだが、
あたりまえのごとく「はいねぇ」言うて請合ってくれた。
カップルにはあまりお勧めしないが、学生や男同士にはもってこいの宿である。
そんな宿で目を覚まし、その日はそのまま浜松に帰ってきたのだ。
この日の夜からは、冬の旅が企画されていたのである。
うちに着いたのは14時を過ぎた頃だったと思う。旅のメンバーのモッチィに
電話をしてみると、彼は「筒井と平井と蒲郡に向かっている」と言う予想外の
言葉を返してきた。今夜名古屋に向かう予定だと言うのに、彼は豊橋から西へ、
ごねた平井の一言により、蒲郡経由名古屋行きのドライブをしていたらしい。
俺は思ったより早く浜松に帰ってきたことで、旅の出発が早くなればなんて
思っていたのだが、この時間にまだ蒲郡にいて、さらに名古屋に向かっていると
なると、出発の時間は夕方18時頃に豊橋出発が予想された。
そんなわけで俺はその間にオデッセイの洗車をしておくことにした。
ほとんど積雪もなく、ゲレンデにすらあまり雪がなかったため、たいした雪道は
走ってないが、それでも凍結防止剤なんかがついてたら、浸食の恐れは否めない。
コイン洗車場に向かうと、かるく汚れを落とし、時間まではゆっくりして
過ごすことにした。
実際に豊橋を出発したのは19時前ぐらいだっただろうか。
いつものようにモッチィの家に集合すると、平井とモッチィを拾い、
豊川インターから高速にのって、もう一人の旅のメンバーさとっちゃんと
合流することになる。(この頃はまだサトツ氏は大学院生で、春日井にいたのだ)
さとっちゃんがいる春日井に着くが、さとっちゃんは忘年会のトリプル
ブッキングのためすぐには合流できないらしい。
そんなわけで今夜中に出発と言うわけにはいかない。
そのため俺たちは飯を食べ、風呂に入り、酒を飲んで過ごすことになっていた。
まずは飯だ。が、春日井はさとっちゃんのホームであって、俺たちにとっては
バリバリのアウェーである。俺は何度も来たことがあるとはいえ、店の場所まで
把握していない。
仕方なく俺は、前回モッチィと一緒に春日井に来た時にさとっちゃんに
教えてもらった四川飯店へ向かうことにした。
店に着くと駐車場はいっぱいで、俺はかろうじて空いていた、最後の1台の
スペースにオデッセイをとめると、店へと歩みを進めた。
その途中白いアコードが俺の目に入ってきた。「まさか」と思ってナンバーを
確認すると「浜松」ナンバーである。店に足を踏み入れテーブルを見回すと、
予想通りそこにはさとっちゃんの姿があった。
大学の忘年会だろうか、10人ぐらいでテーブルを囲むと、コース料理を
堪能している。声をかけようか、とテーブルに近づく途中店員さんに
呼び止められた。満席でいつ空くかわからないから、おひきとり下さい。
ってな具合である。たしかに食事をする面々の様子は、さとっちゃん達を含めた
どのテーブルも、すぐに空くような気配はない。
四川飯店をあきらめた俺たちは、未練がましくバーミヤンに行って
中華を食らうことにした。
そもそも今回の旅は、みんな諸処の事情により、ふところにはそろって寒波が
訪れていた。それに風呂の後にはさとっちゃん行きつけの「菜季家」という
飲み屋に行くことになっていたから、がっつり食うこともなかろう、
と軽めの食事ですますことにして、オーダーを伝えた。
ここでびっくりしたのは店員さんの名前だった。さっき断念した四川飯店は
なかなか本格的な店で、店員も中国人、制服もチャイナ服、厨房に投げ込まれる
オーダーの声も中国語という感じなのだが、ここで案内した店員も中国人らしく、
名札には「孫」の一文字が記されていた。
バーミヤンと言えばすかいらーく系列のファミレスだが、中華料理の店だし、
中国人が働いているのはわかるのだが、驚いたのは実はもう一人の店員だった。
彼女は言葉からは日本人だと思われるのだが、名札には「金具」と書かれている。
「かなぐ」と読むのか「きんぐ」と読むのかはわからないが、珍しい名前だ。
俺ら的には「きんぐ」であって欲しいと願わずにいられない。
飯を食べると銭湯に立ち寄り風呂に入って、菜季家へと向かう。
事前にさとっちゃんに電話番号を聞いて、予約を入れてあったため、
店に入ると俺たちの席が用意されている。
その店はチェーン店的な居酒屋ではなく、カウンター席がメインの
和風BARのような店なのだが、主に日本酒や焼酎が取り揃えられていて、
店長のおにいさんも話しやすく、手ごろな広さの店のため、一人で飲みに
行ってみたいと思わせるような店だ。
23時を回るとさとっちゃんが現れ、1時間ほど一緒に飲むと、
彼は俺たちを大学の自分の研究室へと案内した。ここがこの日の宿である。
俺たちを研究室に案内したさとっちゃんは、まだ顔を出さなきゃいけない
忘年会があると言って、再び研究室を後にした。
その後はすぐに深い眠りにおち、次に気が付いたのは翌朝の6時半過ぎだった。
いつの間にかさとっちゃんも同じ研究室で毛布にくるまっている。
5時間ぐらいしか寝ていないが、これ以上出発を遅らせるわけにはいかない。
大学時代同じメンバーで秋田を目指したときは、同じように酒におぼれた末、
目を覚ましたのが昼前で、結局新潟までしか行けなかった事があるが、
どうやら俺たちもこの2年半の間に多少は成長しているようである。
全員が目を覚ますとさっそくオデッセイに乗り込み、西を目指した。
高速のインターまで道案内をしたさとっちゃんは、「自分の仕事は終わった」
とばかりに、高速に入るやいなや再び眠りに落ちていった。
なんでも、彼は6時ごろ帰ってきてソファーに倒れこんで、
30分も寝ていなかったらしいのである。
オデッセイは高速をひた走り、ただ西へと向かった。
しかし、岐阜に入る頃には雪が舞い降りてきた。春日井にいた時からチラチラ
小さな雪が舞っていたのだが、ここにきてその勢いを増してきたのである。
それでもしばらくは「山本譲二クラスだな」なんていう感じの中堅クラスの
降り方だったのだが、徐々に勢いは強くなり、いくらもしないうちに
「やばいなぁ、そろそろサブちゃんが準備はじめたよ」「小金沢が呼びに
行ったぐらいか」というクラスにまで発展し、ついにはみごとサブちゃん登場
って感じの本降りになってしまった。
その雪はまさしくサブちゃんの鼻の穴ほどもある、みごとなまでのボタン雪で、
みるみるうちに路面を白く染め、除雪車にもたらされた渋滞が始まってしまった。
目を覚ましたさとっちゃんも、これには「ちょ!どこ向かってるよ!」と
びっくりしていたが、それほどまでにサブちゃんの威力は絶大だったのだ。
実のところここまでに明確な旅の行き先は決まっていなかった。
漠然と西を目指し、行けるとこまで西に進出しようと思っていたのである。
しかしこの雪では遅々としてオデッセイは進まない。牛歩戦術もいいとこである。
協議の結果今回は京都までで西進をあきらめ、京都の初詣を体験することにした。
モッチィとは大阪には行ってみたいとも言っていたのだが、
それすらも断念した方がいいだろうと言うことになったのだ。
この年俺たちは厄年である。いくらこの日は大晦日と言えど、まだこの日は
厄年の最中なのだ。俺もこの年は年明け早々(実に年明け50時間以内)に、
オデッセイをぶつけられたり、コンビニの駐車場に放置されたペンキのスプレー
缶で、オデッセイがツートンカラーになってしまったり、となかなか稀な災厄に
ばかりみまわれていた。
内容的にはむしろ、俺よりもオデッセイのほうが厄年なんじゃないか?
ってな具合だったが、今回の旅だってオデッセイで移動しているんだし、
用心に越したことはないだろうという判断からの決定だった。
…のだが、京都が近づきいよいよ宿を取ろうという段に入って、その計画は
うれしい誤算を生んだ。大晦日の夜、飛び入りでの宿、しかも金のない俺たちが
泊まれる宿は限られるから、なるべく安い宿を選ぶ必要がある。
そんなふうに宿を吟味しているうちに、いつも京都の旅で降りている
「京都東I.C」を超えてしまっていたのである。
宿をGETし、一息ついた俺たちの目に入ってきた看板は「出口・京都南」
というものだった。しかし俺たちは京都南が京都東より西のインターである
ことに気づかず、さらに進むうちに、いつのまにやら大阪府に入ってしまった
のである。
大阪に入ったことに気がついた俺たちは、せっかくだからと次のインターで
高速を降りて、大阪で飯を食べた後に京都に引き返すことにした。
そしてついに現れた茨木I.Cで高速を降りると、まずは茨木駅へと向かった。
懸念していた下道での道路状況も、大阪の商魂の熱気からか、まったく雪は
積もっていなかった。そもそも京都からこっち側では雪も降っていなかったのか、
路肩はおろか走っている車にすらその形跡は見当たらない。
茨木駅の周辺までくると、めぼしい飯屋を探してさ迷ったが、
なかなか見つからない。それどころか路駐された車たちに行く手を阻まれる
ばかりである。路駐車は関西の名物。それはすでに名古屋を見ればわかるが、
あそこは片側4車線のうちの両端の車線が浸食されているだけだから、
迷惑だとは言え、まだ運転に大きな支障はきたさない。
しかしここでは片側1車線にもかかわらず、その両側には路駐車が溢れているの
である。これでは残されたスペースは車1台は通ることができても、
2台がすれ違うには幅が足りなくなってしまう。そうなれば当然片側通行を
余儀なくされてしまう。路駐自体に慣れていない俺たちには、
ちょっと信じがたい状態だった。
それでも歩みを進め、サークルKを見つけると、俺たちは店員さんにこの辺の
おいしい料理屋を訪ねてみることにした。いつからかの、俺たちの旅の常套手段
である。しかし店員曰く「茨木じゃ何にもないですよ。高槻に行った方が
たくさんあるんじゃないですか?」ということだった。高槻市はちょうど
京都側の隣町である。俺たちは礼を言うと高槻市へ向かうことにした。
高槻市に入ると、ここでも駅周辺に向かい、駅前の駐車場にオデッセイを
とめると、歩いて店を探すことにした。雪は降っていないとは言え、
雨は健在である。傘を持っていなかった俺たちは、ビニ傘の購入も考えたが、
小雨だったためそのまま探索を決行することにした。
まずはアーケードのあるセンター街を見て回る。
さすが商魂たくましい大阪である。どの店もガラスのショーケースを店の前まで
持ち出し、声を張り上げて客引きをしている。老若男女、店の種類を問わず、
ほとんどの店が、である。
そして俺たちは、もうひとつ大阪の商魂を示す光景に気が付いた。
車で国道を走っているときの話なのだが、どの店の看板も大きく、
低いところに位置し、他の街に比べてその存在感は一線を駕しているのである。
ここまで、街の雰囲気までかえてしまうまでの商魂。天晴れと言った感じである。
そんなことを思いながら店を探すが、やはりここでもこれといって目につく
ような店はなかなか見つからなかった。店自体は存在していると思うのだが、
大晦日ということで開いていない店が多いのである。開いているのはチェーン店
ばかりだ。唯一目にとまった地元風味の店といえば「宮本むなし」という店だけ
だった。俺たちはまずそのネーミングに興味をそそられ、「なんじゃありゃ。
あそこでいいら」などと盛り上がりながら店に近づいていったのだが、
近づいていくと軒下のスピーカーから宣伝が流れていた。
それを聞いたとたん俺たちは「あ…、他にするか」と引き返すことになる。
その宣伝と言うのはまるで選挙のように「安くておいしい宮本むなし。今日も
むなし、明日もむなし、毎日むなし。おじいちゃんもむなし、学生さんもむなし」
と店の名前を連呼するものだった。俺たちの興味を強くひきつけたネーミング
だったが、連呼されればされるほど、しかもその文句の言い回しに、
興味は急速に怪訝に変わっていったのである。加えて見た目もまさにむなし
って感じが滲み出ていたように思うのは、宣伝のせいだけではなかっただろう。
結局俺たちは小さな定食屋で飯にありつくことになった。
「大阪のおばちゃん」ってな感じの、化粧の濃い、短い髪にパーマをあてた
おばちゃんの店で、ここは憶えてもいないような平凡な名前の店だったが、
メニューには「?」のうかぶような物があったので、その一端を紹介しておこう。
この店は丼物をメインに扱っている定食屋だったのだが、「肉丼」や「他人丼」
果ては「肉汁」なんていうメニューまであった。
味のほうは家庭的なあったかい感じのもので、特別おいしいと思うものでは
なかったが、俺たちは断念した「肉汁」を、誰でもいいから試してみて、
俺たちに報告してもらいたいものである。
飯を食べ終わるといよいよ京都へと戻ることになった。
ここ高槻市から京都までの距離は30Km弱。俺たちは高速は使わずこのまま
国道171を使って京都まで戻ることにした。とは言え道路の電光看板によれば、
雪のため通行止めになっていて、どの道高速には入れなかったようだ。
京都に入ると時間はすでに16時頃になっていた。17時までにチェックイン
しろと言う宿の指示があったため、俺たちはまっすぐ今夜の宿「みわや旅館」を
目指した。その宿は観光編で泊まった「枳穀荘」の近くで、七条に位置している。
周りにある観光名所と言えば、「本願寺」ぐらいなものである。
こうなると初詣は何時、何処に、どうやって行くのか、宿に着き次第作戦を
練らなければならないだろう。
幸いみわや旅館はさとっちゃんが前に通りすがったことがあり、憶えていると
言って、比較的すぐに見つけることができた。通りすがったってのがいつの話
かは知らないが、あいかわらず彼の記憶の引出しは、無限に物を吸収し、
すぐさまそれを取り出せるものだと、あらためて感心させられてしまった。
宿に着くと、大阪以上に大阪っぽいおばちゃんが姿を現し、狭い駐車場で
オデッセイの駐車を細かく指示した。どうやら入口前の狭いスペースに2台の
車を止めさせようともくろんでいるらしい。俺以外のメンバーは、おばちゃんに
オデッセイから引きずり降ろされると、壁際15cmまで寄せて駐車するまで、おばちゃんはこまかな指示を出し続けたのだ。
これだけでもこのおばちゃんの
がめつさは顕著に表れていると思うのだが、チェックインの手続きになると、
それはその一端でしかなかったことを思い知らされた。
運転中だった俺に代わり、予約をしていた平井が手続きをしたのだが、
コンビニアルバイターの奴は羞恥心からか、職業の欄に「会社員」と記入して
いたらしい。それを見たおばちゃんは、俺たちのことを学生だと思っていたの
だろう、「なんや、あんたら会社員かい?もっとふっかけとくんだった。
ボーナス後やないか」と実に残念そうな顔を、惜しげもなく俺たちに向けてきた。
実はチェックインの手続きの直前におばちゃんとこんなやり取りがあった。
「あんたらな、ほんとは1泊6000円のところを5000円にしてやってる
だでな。絶対他の客に値段言うたらいかんよ」
本当かどうか、もしかしたらどの客にも言っている口上だったのかもしれないが、
がめつさからさっさと宿泊料の徴収まで先に済ましていたのが、
おばちゃんにとって仇になったってところだろうか。
もし徴収前にこの話題になってたら、きっちり6000円とられていたとしても、
なんら不思議はない。それほどまでのおばちゃんだったのである。
「会社員」を目にしたおばちゃんの悔しそうな顔は、かなり凄まじいものだった。
そのうえ近所の宿ではペットと一緒に泊まりたいと言うわがままな客に対し、
14万請求したらそれでも泊まりたい、と言って14万払ったと言う話を出して、
「ちっちゃな犬1匹泊めて14万やで、………14万おくれ!!」
と手を差し出すしまつだった。
このインパクトったらそれは強力なんてものではなかった。
今回の旅行記のサブタイトルは「大阪おばちゃん編」か?!
と本気で思ったぐらいだ。(まぁ、この後の出来事もあっておとなしく
「年越編」に甘んじたが、これはまだ後の話である)
部屋に向かう俺たちの背中には、いまだにおばちゃんの「宿泊費、他の客に
言うたらあかんで~!!」言う声がこだましていた。
その大きな声は階段を上る俺たちが2階を過ぎても響いていた。
念をおすのはわかるけど、俺たちが他の客にしゃべるなんて機会はまずない
だろうから、おばちゃんのその声の方がよっぽどつつぬけである。
部屋に入るとTVをつける。見慣れない番組だ。おそらく年末の特番だろう。
スポーツをテーマにしたクイズ番組だったが、その回答者がこれ以上ないぐらいにつわものぞろいだ。
まずアニマル浜口、それにガッツ石松、小倉優子…天然キャラずくめである。
予想もつかない奴らの回答や言動に目を奪われ、俺達は今後の作戦会議も
そっちのけで、最後まで見入ってしまった。
しかしそうそうのんびりもしていられない。すでに時間は17時である。
夜中に初詣に行くとしたら、すぐにでも夕飯にありついて、
仮眠をとっておかねばならない。
にもかかわらず、どこに初詣に行くのかすら決まっていないのである。
「とりあえず」と、みんなをTVから引き剥がすと、まずここまでの旅費の
精算をしておくことにする。そうは言っても若干1名財布に200円と入って
いない男がいる。もちろん平井先生である。ちょうど月末ってことで、
帰れば約10万のバイト代が入ってくるらしいが、そのうち実に99500円は、
今回の旅費の借金も含めすでに使う予定があり、実質自由になるのは500円
と言うみごとな平井っぷりだった。
その話題がまたしても作戦会議の腰を折る。
「その500円を如何に使ったらいいか」という検討会が始まったのである。
いらないゲームを売って金を作れとか、競馬で増やせとか、totoを買えとか、
対策案は後を絶たなかったが、時間に追われ、しぶしぶ初詣の作戦会議へと
話を戻した。
けっきょく初詣は八坂神社まで歩いて行くことになった。
七条から四条となるとかなり距離がある。観光編の時歩いたのとほぼ同じ距離だ。
片道30分はあるだろう。しかもあの時とは違い、今回は真冬。
それにまず間違いなく雪も降るだろう。それでも車では身動きが取れなくなる
ことが予想にたやすい。駐車場だってないだろうし、有ったとしても空いては
いないだろう。そうなると苦痛を覚悟で歩くしかないだろう、
と言う結論にたっしたのだった。
作戦会議が終わると「またTVに見入ってしまうまえに」と
すぐに夕飯に出かけることにした。あまり遠くまで行っている時間はないし、
さっきの駐車を考えると、車の出し入れもかなりめんどい。
このあたりにどんな飯屋があるのかは、まったくわからなかったが、
歩いて出かけることにした。
幸い宿の近くにローソンがあったため、そこで聞き込み調査をすることにした。
やけに目の大きなお姉さん曰く、地下街にレストラン街があるってことで、
そこを目指す。歩きならふと上を見上げると、京都タワーが真上に伸びていた。
地下街に着いてレストラン街を一通り回ると、お好み焼きを食べて宿に戻った。
宿に帰るとプライドの試合が行われていて、しばらく観戦した後
俺とモッチィは力尽きて布団に入ったが、平井とさとっちゃんはそのままTVを
見て初詣の時間まで過ごしていたらしい。
23時半を回ると、俺達は初詣に出かけることにした。
外に出ると皮膚を刺すような寒さにさらされ、歩いているうちに予想通り雪が
ちらつき始めた。
烏丸通りを北上し、五条まで行くと弁慶と牛若の戦いで有名な五条大橋を渡り、
四条まで北上を続ける。
雪はやがてサブちゃん級にまで発展し、道行く人の数も次第に増えていく。
そして八坂神社の前はすでにあふれるほどの人だかりで、徒歩でさえ
進むことすらままならなくなり、やがて交通整理をするバンのパトカーと、
その屋根に乗った警官によって、俺達は人ごみに飲み込まれ、
ついには動けなくなった。
その人の数、そして熱気、雰囲気はまるでこれから路上ライブでも始まるかの
ような勢いだった。しかしスピーカーから流れるのは音楽などではなく、
「順番に案内しますので進まないでください。立ち止まらず円山公園の方に
お回り下さい」と言う事務的な案内のテープがただただ繰り返されているだけだ。
頭や肩に降りつづける雪が、容赦なく体温を奪っていくが、人だかりのせいか
あまり寒さは感じない。
境内に入ると流されるように本殿まで押され、4人がはぐれないように
しているだけで精一杯な状態になった。本殿前まで流され、あと数メートルで
賽銭箱までたどり着けるというところまでたどり着くが、その数メートルは
人に埋め尽くされ、祈願を終えた参拝客とこれから祈願する参拝客の、
まったく異なる流れがぶつかり合って、ひしめき合うように進めなくなって
しまった。
もともと信仰心なんかからは程遠い俺たちは、早々と賽銭箱まで行くことを諦め、
大体の距離と方向を定めると、かなたの、見えもしない賽銭箱に向かって賽銭を
投げつけると、さっさと人の波から抜け出した。
一息ついて見回すと相変わらずすごい人数の参拝客である。
さすが京都とでも言うべきだろうか。ここまでの人ごみに飲まれたのは
久しぶりだ。しかもそれが単なる初詣なのだから物凄いとしか言いようがない。
小國神社や法多山なんかの比ではない規模だろう。
そんななか、ふと気がつくと平井の姿が見当たらない。
どうやら人ごみに飲まれ分断されてしまったようである。
しばらくするとようやく人ごみの中から平井が抜け出してきた。
平井はきっちり賽銭箱の前まで出て、最前列で祈願をしてきたらしい。
さすがギャンブラー平井、神頼みには余念がないと見える。
まがりなりにも初詣を終えた俺達は、疲れと寒さから早く帰りたかったが、
「せっかくだから」と、厄年を迎えた早生まれのさとっちゃんのお守りを買い、
4人でおみくじを引いて帰ることにした。
しかしおみくじだって俺らにとっては笑いのネタにしかならない。
来る前には「羽山が去年『凶』を引いた」と言う話題になり「めずらしいなぁ」
なんて話していたのだが、4人のうちの50%が『凶』を引き当てたのである。
しかもその50%はモッチィと平井の桜コンビだ。
これは神様に見られてんじゃないかって言う人選である。
本人たちは「おぉい!!」と悔しがってはいたが、俺的には逆に旅の神様の
演出だろうと思い、かえって縁起がいい気がした。
ちなみに厄年のさとっちゃんが引いたのは「吉」で、俺は「半吉」と言う
よくわからないものだった。要は吉側と凶側の中立地帯にいて、
ちょっとしたことでどっちかに転げ込むみたいなものなのだろうが、
こっちは凶を2人も連れているのだ、どっちに転げ込むかなんてのは言うまでも
ないだろう。
ようやく初詣を済ませて神社を出るが、神社の前はまだ押し寄せる参拝客で
帰ることができない。
仕方なく細い裏道に入ると年越しそばを食べて帰ることにした。
大抵の場合行きと帰りでは、道や距離感を覚える分、帰りのほうが道のりは
短く感じるものだと思うのだが、さすがに降りしきる雪の中ではそうはいかない。
髪の毛は雪で濡れた挙句に凍り始め、ジャケットにもじゃんじゃん雪が染み
込んでくる。なかでもひどかったのは平井だった。
一番あったかそうなダウンジャケットを着ていたが、使い古された彼のダウン
ジャケットは誰のジャケットよりも雪を染み込ませ、あきらかに重そうに
濡れそぼっていた。
なかなか宿に着かない帰り道、ふと見上げると宿の近くに聳え立っていた
京都タワーが、まだ小さく見えていた。
京都タワーを照らす照明が空に舞う雪を浮かび上がらせ、暗い空のそこだけに
雪が降っているように、まるで京都タワーが雪を吐き出しているように見える。
そのときすでに新しい年を迎え2時間が経過していた。
宿に着くと風呂のしたくをしながら年越しのTV番組を見た。
さすが関西圏というだけあって、数あるチャンネルの3つまでもが吉本の番組で、
水着のお姉ちゃん達が眩しく、なかなか風呂に入る決心と、布団に入る決心を
決めさせてくれない。それでも翌日の運転を考え、俺は布団にもぐりこんだが、
いつまでもモッチィ達の雄叫びはやむことがなかった。
さあ、前編も終了して残すところ「年越編」の後編でこのシリーズも終了。
後編は大阪のおばちゃんを思わせる商魂たくましいおばちゃんに見送られ、
帰路につく4人が迎えた元旦の一騒動です。
後編はもう短いからすぐにでもアップ予定。30分おきぐらいにココの更新を
チェックしてもいいんじゃないかな?………予定通り行けば。
とりあえず期待はせずにお楽しみに♪…ってことで。
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